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大阪地方裁判所 昭和34年(行)8号 判決

原告 有限会社大進市場

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三三年一一月二八日付でなした原告の昭和三一年一一月一日から同三二年一〇月三一日までの事業年度の法人税に関する審査の請求を棄却した決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は肩書地において市場用建物一棟を所有し(昭和三一年一〇月建物竣工)、これを賃貸することを業とする有限会社である。

二、原告は昭和三二年一二月二八日所轄富田林税務署長に対し、昭和三一年一一月一日から同三二年一〇月三一日までの事業年度の法人税につき、所得金額を欠損金三〇九、六五四円とする確定申告書を提出したところ、同税務署長は昭和三三年二月二八日付で右の所得金額を一、三九〇、八〇〇円と更正決定してきたので、原告はこれを不服として同年三月二四日再調査の請求をしたが、該請求は同年六月二八日棄却された。さらに原告は同年七月二八日被告に対し審査の請求をしたが、被告は同年一一月二八日該審査の請求を棄却した(決定書は翌二九日受領)。

三、しかしながら右更正決定は、原告が昭和三一年一一月一日から同三二年一〇月三一日までの事業年度中に原告所有建物の賃借人上野恵三外二二名より賃貸建物建築についての「協力金」名義で受領した総額一、五七七、一七五円の金員を原告の営業上の収入とする見解にもとづいてなされたものであるが、右「協力金」名義の金員はすべて「預り金」として債務の項目に計上すべき性質のものであり、これを収益とみなしてした前記更正決定は違法であり、該更正決定を同一見解の下に是認した被告の審査決定もまた違法であるから、これが取消しを求めるため本訴に及ぶ。

被告の答弁ならびに主張に対し、

二の(一)の(1)の府民税三〇〇円の損金計上否認は認める。同(2)の立退料一五〇、〇〇〇円は原告の市場を建設するためにその敷地上にあつた建物、機械の立退きに要した費用であることは認めるが、右金員中、減価償却超過額として一二三、〇〇〇円の損金計上を否認する被告の主張は争う。同(3)は争う。同項にいう「協力金」はあくまで市場店舗賃借人らよりの「預り金」であつて将来同人らに返還を要すべき債務である。その論拠を詳説すればつぎのとおりである。

一、まず原告が本件市場建物新築後まもなく、別表(一)記載の各人にその店舗を賃貸し、その際、別表(一)のとおり、各敷金のほかにいわゆる「協力金」として総額一、五七七、一七五円を受け取つたことは相違ない。

二、そして右協力金の授受に際して、それを返還することについての明示の約束こそしなかつたが、返還することについては原告と右各賃借人との間に黙示的な合意もしくは諒解が成立していたもので、本件協力金はいわゆる「預り金」に過ぎないから、これを原告の家賃収入と同列において原告の収益と評価すべきではない。つまり本件協力金は、敷金と同じく賃料滞納の場合の担保とする趣旨の下に授受されたのであつて、被告主張のように「権利金」たる性質を持つものでない。もちろん原告において「権利金」なる言葉を使用したこともなく、かりに「権利金」だとすれば、それを受領した原告においてそれ相当の義務を負担すべき筈であるのに、なんらそのような義務を負担した形跡をみることができないのが何よりの証左である。なお、前記協力金を原告に差し入れた各賃借人中賃料滞納を生じたものは別表(三)のとおりであるが、原告がそれら各人に対してその支払方を督促しても、同人らは敷金および協力金と相殺申出的な言辞を弄して履行しない事実は、結局同人らが契約当初から本件協力金を敷金と同性質のものと考えていたことを証明するものといいうるし、原告においてもかかる事態を予想すればこそ協力金を受け取つたものである。

三、現に、本件協力金を差し入れた各賃借人等については、別表(三)のとおりの賃料滞納分を生じ、いずれも敷金および協力金と相殺処理することを余儀なくされている実状である。ちなみに、別表(三)によつてみれば、結局「協力金を支出した」賃借人二〇人中、賃料を滞納していないものは僅か三人で、その大部分が賃料を滞納しているのであるが、同滞納賃料を原告の「預り金」(協力金および敷金)と差引計算すると、同「預り金」は次第に減少していることが判る筈である。右事実は、それら各賃借人が賃料を滞納することによつて賃貸借終了までには結果的に協力金の返還を受けたと考えていることを示すといえよう。

四、なお、本件協力金についての具体的取扱い例を挙げればつぎのとおりである。すなわち、

(1)  室番第六号賃借人東竹松(協力金七六、〇〇〇円)、室番第二七号賃借人雪野元一(協力金九九、〇〇〇円)の両名は、昭和三二年九月頃いずれも賃借権を放棄し店舗を明け渡して立ち退いた(雪野元一は自殺)。これらは入居日ならずの明渡しであつたのでつぎの借り手の見当もつかず、したがつてその一方的早期解約によつて原告の蒙る損害の額も計り知れなかつたところ、同人ら(相続人を含め)も協力金の返還を請求してこなかつたので、結局第二期事業年度(昭和三二年一一月一日から翌三二年一〇月三一日まで)の決算において、同協力金の返還債務が消滅したものとして雑収入の処理をすることとし、その旨所轄税務署にも申告しその承認をえた。

(2)  室番第一三号賃借人坂野利助(協力金六六、〇〇〇円)は昭和三四年二月死亡したので、相続人たる坂野藤助に敷金とともに協力金も返還して室を明け渡して貰い、その跡を改めて田中康信に協力金六六、〇〇〇円、敷金一〇、〇〇〇円で賃貸した。右坂野に対する協力金等の返還と田中よりの協力金等の受領は日時を異にし別々に授受されたものである。

(3)  室番第二二号はもと柴野吾一に協力金八八、〇〇〇円で賃貸していたが、昭和三一年一一月一一日同人より賃貸借解除の申出があつたのでこれに応じ同人に前記協力金を返還した後、改めて賃借方を申し入れてきた松井義一に対し協力金八八、〇〇〇円を徴して賃貸した。

(4)  室番第一五号はもと新谷静に敷金一〇、〇〇〇円、協力金八八、〇〇〇円で賃貸していたが、昭和三四年六月五日同人より賃貸借解除の申出があつたのでこれに応じ、即日同人に右協力金等を返還し、明渡しを受けた跡を直ちに山本輝植が賃借入居することとなり、敷金一〇、〇〇〇円、協力金八八、〇〇〇円の差入れを受けた。ただし、原告が同人より改めて協力金を受領したのは右新谷の出た跡の店舗を原告において相当の費用を投じて大改造したためである。

(5)  室番第二五号も前項同様もとの賃借人北川トクとの賃貸借を昭和三四年八月五日解除、同日予め同人が差入れていた敷金一〇、〇〇〇円、協力金六六、〇〇〇円を返還して明渡しを受け、その跡を翌八月六日大谷が賃借入居したが、協力金としての六六、〇〇〇円の差入れを受けたのみである。同協力金受領の事由は前項と同様のほか火災保険の関係にもよるものである。

(6)  室番第七号は当初より空室であつたところ、昭和三四年二月一五日藤倉芳子に敷金一〇、〇〇〇円、協力金無しで賃貸。

(7)  室番第一九号も同様空室であつたのを同年一〇月天野幸子に敷金一〇、〇〇〇円、協力金なしで賃貸。

(8)  室番第二三号も同様空室であつたのを同年同月井上民子に敷金一〇、〇〇〇円、協力金なしで賃貸。

(9)  室番第二七号は前記のように当初の賃借人雪野元一が権利放棄の形で空室になつていたところ、同年四月緩塔貞夫に敷金一〇、〇〇〇円、協力金無しで賃貸。

(10)  室番第二九号は当初より空室であつたところ、同年九月辻稔に敷金一〇、〇〇〇円、協力金無しで賃貸。

(11)  室番第八号は当初の賃借人柴野由松が昭和三四年七月二二日室番第二号に移つたので、その跡を大山幸子に敷金一〇、〇〇〇円、協力金無しで賃貸。

以上述べたとおり、本件協力金は将来返還を要すべき債務「預り金」であつて、被告主張のように原告の収益とみるべき「権利金」でないこと明らかであると述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因事実に対する答弁ならびに被告の主張として、

一、原告主張の請求原因事実中、一、二は認める、三のうち、原告が昭和三一年一一月一日から同三二年一〇月三一日までの事業年度中に原告の建物賃借人上野恵三外二二名より賃貸建物についての「協力金」名義で総額一、五七七、一七五円を受領したこと、所轄富田林税務署長の更正決定が右金員を原告の営業上の収入とする見解にもとづいてなされ、被告もまた同見解を正当と是認して審査決定をしたことは認めるが、右金員をいわゆる「預り金」とする原告の主張は争う。

二、所轄富田林税務署長および被告大阪国税局長のなした本件更正決定処分等の経過はつぎのとおりである。

(一)  富田林税務署長のなした決定処分について

同税務署長は原告の提出した確定申告書の欠損金三〇九、六五四円が適正であるかどうか調査したところ、つぎの理由で課税すべき所得があると認められたので、左記のとおり所得金額を一、三九〇、八二一円と決定した。すなわち、

(1)  納付した府民税三〇〇円は法人税法第九条の規定により所得の計算上損金に算入すべきものでないので否認した。

(2)  立退料一五〇、〇〇〇円は原告の市場を建設するためにその敷地上にあつた建物、機械の立退きに要した費用で、これは市場建物建築のための資本的支出と認められ、その全部を一時の損金とすべきものでないから、所定の計算(後記)により当期損金算入の認められる金額を超える一二三、〇〇〇円の損金計上額を否認した。

(3)  原告が「預り金」に計上している前記「協力金」名下の一、五七七、一七五円は、原告の市場店舗を賃借している各人がその契約に際して支払つた「権利金」であり、原告においてその返還義務を負わない性質の金員であつて、「預り金」ではなく原告がそれを収入したときに益金として計上すべきものであるから、これを所得金額の計算上益金に算入した。

以上により更正決定所得金額はつぎのようになる。

イ 確定申告による欠損金額              三〇九、六五四円

ロ 府民税                          三〇〇円

ハ 立退料(減価償却の償却超過額)          一二三、〇〇〇円

ニ 権利金収入(協力金)             一、五七七、一七五円

差引決定所得金額 (ロ)+(ハ)+(ニ)-(イ) 一、三九〇、八二一円

原告は右決定に対して再調査請求をしてきたが、前記富田林税務署長は、その当否を調査した結果決定内容になんら誤りは認められなかつたので、これを棄却した。

(二)  被告のなした審査決定処分について

原告は前記再調査決定に対して、被告に審査の請求をしたので、大阪国税局協議団がこれを審理した結果、前記富田林税務署長の行つた各処分はすべて妥当と認めその旨協議決定され、これにもとづいて被告は原告に対し審査の請求を棄却する決定をなしたものである。

三、なお前記立退料および権利金収入(協力金)について補足説明すると、

(一)  立退料について

原告の支出した立退料とは、原告大進市場建物の建築敷地上に所在していた建物を取り毀ち同建物内の機械を他に移動させるため従前の使用者に支払われた費用であるが、これは原告も自認するとおり原告が営業(建物の賃貸)のための建物を建築する必要上支出した費用である。そしてかかる費用は、会計学上、その支出した事業年度のみに全額損金とすべきものではなく、当該事業年度の期間に対応する部分を見積りこれを当該年度の損金とし、他は資産に計上してその後の年度に順次損金とすべきものであるとされており(企業会計原則「前払費用」の項参照)、法人税法もまた右の見解を基礎としているものといえる(同法第九条)。そして、昭和二五年九月二五日直法一―一〇〇国税庁長官通達「法人税取扱基本通達」第二四六の七では、「法人が土地、建物等を取得するに際し、当該土地建物等の使用者等に支払う立退料、その他立退のために要した費用は、当該土地等の取得価額とし、賃借するに際し前の使用者等に支払う立退料、その他立退のために要した金額は、権利金として取り扱うものとする。」とふえん説明している。したがつて、立退料は営業経費にあたらずその全額を一時に当該支出年度の損金として取り扱えないものであるところ、当年度に損金算入の認められる減価償却額は、権利金と同視して五年間に定額法で償却すべきものであるから、一割の残存価額を除いたものの二割相当額二七、〇〇〇円であり、これを超える部分の損金計上を否認したのである。

(二)  権利金収入(協力金)について

原告が「預り金」と主張する金員は、原告も自認するとおり、原告がその市場店舗の賃借人から、その入居に際して、敷金のほかに、「協力金」名下に、返還及び返還条件を全く定めることなく授受しているものであるから、いわゆる「権利金」にほかならないというべきである。

(1)  原告は「本件協力金を返還することについて明示の約束はしていないが、返還することについて黙示的な合意があつた」旨主張するが、原告が市場を開設した昭和三一年頃は市場ブームで市場で営業を始めたいものが競つており、賃貸人の要求に無条件で応じる状況であつたこと、本件市場店舗賃借人等においても本件協力金を当然返してもらえるものとは思つていないこと、被告等の当初の実地調査の際原告から本件協力金は返さねばならぬものだという明確な回答がなく、むしろ協力金に対する税金の分割納付について相続をもちかけられていたことあるいは賃借人等に対する調査でも同人等が本件協力金を返してもらつていなかつたこと等から推して、本件協力金について前記黙示的な合意があつたとは到底考えられない。

(2)  原告が立証として提出している甲第一一ないし一三号証に関して言及すれば、まず甲第一三号証における第一生命ビルデイングの賃貸借契約においては、賃借人が賃貸人に渡す金員を明確に貸付金と定めており、同時にその返還条件をも明定しているのであつて、前示のような経緯で返還ないし返還条件について別段の取り決めをすることなく原告が受領した本件協力金を右貸付金と同性質のものと取り扱つたとはみることができない、また甲第一一、一二号証の梅田ビルデイングおよび毎日大阪会館の賃貸借契約においても、授受される金員のうち後日返還されるべきものについては、いずれも返還条件を明定していることは同様である。常識的に判断しても、返還のことを決めないで授受された金員は返還義務を負わないものといえるから、本件協力金は返還義務のない「権利金」というべきである。なおこのことは、原告市場の近くに同じ頃開設された初芝マーケツト(市場)がその賃借人から返還義務を負わない「権利金」を受け取つていた事実によつても十分裏づけられる。

(3)  さらに本件協力金の性質を本件賃貸借契約書(乙第二号証)自体によつて検討してみるに、同契約書には原告が返還義務を負つて受け取つた敷金についてはその返還条件が定められているのに、本件協力金については何ら触れていない。このことはとりもなおさず本件協力金が原告のもらい放しのものであるからその返還について規定する必要がなかつたことを示すものである。同時に、本件協力金が滞納賃料の担保として授受されたものでないことも、滞納賃料の担保としては別に敷金が授受されている事実より明瞭である。

(4)  原告はまた、本件協力金を返還しあるいはこれを滞納賃料と相殺しているから、本件協力金は「預り金」であると主張する。しかし、

(イ) 賃借人東竹松、同雪野元一に対しては、同人等がいずれも昭和三二年九月頃退去しているのに、本件協力金が、返還されていない。

(ロ) 原告の主張している本件協力金の返還なかんずく甲第八ないし一〇号証および相殺は、いずれも本件更正処分のされた昭和三三年二月二八日、また再調査請求ないし審査請求のされた日時以後のことであるから、本訴を有利に導くために作為された事実というべく、本件協力金の性質決定に影響を及ぼさないものである(なお右相殺はその大部分が本訴で主張されているのみで各賃借人に通知されていない)。

(ハ) また、賃借人柴野吾一、同阪野藤一郎(年助)が賃貸借終了のさい本件協力金を受け取つているとしても、それはいずれもその跡に入居した賃借人が払つた協力金からその回収を受けたものとみられるので、このことから直ちに本件協力金を「預り金」と認めることはできない。

以上のとおり、本件協力金はいわゆる「権利金」として原告の益金に算入すべき性質のものであるから、これを原告の当期所得金額に加算したものである。

四、結局前記見解にもとづいてなした所轄富田林税務署長の本件更正決定処分等は適法、妥当であり、これを正当として是認した被告の審査決定にもまた何ら違法、不当なかどはない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告は肩書地において市場用建物一棟を所有し、これを賃貸することを業とする有限会社であるが、昭和三二年一二月二八日所轄富田林税務署長に対し、昭和三一年一一月一日から同三二年一〇月三一日までの事業年度の法人税につき所得金額を欠損金三〇九、六五四円とする確定申告書を提出したところ、同税務署長は、昭和三三年二月二八日付で、つぎの理由すなわち、(1)納付した府民税三〇〇円の損金計上否認、(2)立退料一五〇、〇〇〇円中一二三、〇〇〇円の損金計上否認、(3)原告が「預り金」とする市場店舖賃借人からの協力金総計一、五七七、一七五円を益金に計上、以上により原告の所得金額を結局一、三九〇、八〇〇円と更正決定してきたので、原告はこれを不服として同年三月二四日再調査の請求をしたが、該請求は同年六月二八日棄却された、さらに原告は同年七月二八日被告に対して審査の請求をしたが、被告は前記税務署長の更正決定等の処分を維持し、同年一一月二八日該請求を棄却した(該決定書は翌二九日原告受領)ことは、いずれも当事者間に争いがない。そして右更正決定処分の理由中、(1)の府民税三〇〇円の損金計上否認の処置は原告においても異議がないところであるから、以下原告が抗争する同(2)、(3)の当否について検討する。

二、立退料について、

原告がその営業用建物たる大進市場の敷地上に所在していた旧建物を取り毀ち、同建物内の機械を他に移動させるための立退料一五〇、〇〇〇円を支出したことは当事者間に争いがなく、証人辻野達男、同石田健一郎、同辻野二郎(第一回)の各証言ならびに弁論の全趣旨によると、右敷地はもと、原告会社の設立を企画した原告会社代表者の父訴外亡辻野貞治郎の所有に属し、原告会社は同人よりこれを借り受けるにあたり、同人が旧賃借人を立ち退かせ、地上の旧建物及び建物内の機械を取り除くのに要した費用一五〇、〇〇〇円を同人に支払つた関係にあることが認められる。

被告は右金額はいわゆる資本的支出であるとみて所定の計算にもとづき算出した減価償却超過額一二三、〇〇〇円の損金計上を否認するのに対し、原告はその全額を損金に計上すべき旨主張するのであるが、右立退料のごときは、原告営業(建物賃貸)の根幹ともいうべき建物(市場)を建築する必要上支出された費用であつて、単に当該支出事業年度の営業収益にのみ対応する一般営業経費とは異る資本的支出というべきであるから、当該支出事業年度のみに全額一時に損金とすべきものではなく、当該建物(固定資産)が使用されるべき期間を通じて順次損金に算入するのが相当と解するところ、前記富田林税務署長および被告は、昭和二五年九月二五日直法一―一〇〇国税庁長官通達「法人税取扱基本通達」第二四六の七における「法人が土地、建物を取得するに際し、当該土地、建物の使用者等に支払う立退料その他立退のために要した費用は当該土地等の取得価額とし、賃借するに際し、前の使用者等に支払う立退料その他立退のために要した金額は権利金として取り扱うものとする。」との見解に則り、前記立退料を以て原告の土地借用に要した対価的費用である点において、権利金と同視すべきものと認めたうえ、これを五年間に定額法で償却すべきものとし、当該事業年度に損金算入の認められる減価償却額を、一割の残存価額を除いたものの二割相当額二七、〇〇〇円と認定したものであること弁論の全趣旨に照し明らかであり、右被告等の認定は、前記当裁判所の解釈ならびに法人税法第九条の八、同施行規則第二一条、同条の三の各規定に照らし、妥当、公平なものと認められるので、右認定した減価償却額を超過する一二三、〇〇〇円の損金計上を否認した被告等の措置ももとより相当である。原告のこの点に関する主張は理由がない。

三、協力金について、

原告が本件市場建物新築後まもなく、別表(一)記載の各人にその店舖を賃貸し、その際、別表(一)のとおり、各敷金のほかにいわゆる「協力金」として総額一、五七七、一七五円を受け取つたことは原告において自認するところである。

被告は、右「協力金」名下の金員は、原告の市場店舖を賃借した各人がその契約に際して支払つた「権利金」であつて原告においてその返還義務を負わない性質のものであるから、所得計算上益金として計上すべき旨主張するところ、原告はこれを否認し、右金員は敷金と同じく賃料滞納の場合の担保とする趣旨の下に授受されたもので、その返還について明示の約束こそしなかつたが、返還することについては原告と各賃借人との間に黙示的な合意もしくは諒解が成立していたもので、いわゆる「預り金」に過ぎないと主張する。

よつて案ずるに、成立に争いのない乙第一、二、三号証ならびに証人辻野達男、同辻野二郎(第一回)、同新田瑛一、同大城朝賢、同古城捨三、同柴野ヨシエ、同老田源次郎、同藤村賢次郎の各証言および弁論の全趣旨を綜合すれば、本件協力金授受のいきさつ等についてつぎの事実、すなわち、

原告会社代表者の父訴外亡辻野貞治郎は、前記の如く昭和三一年頃同人所有地上に市場建物を建築して原告会社を創立することを企図したが、その建築資金約二、五〇〇、〇〇〇円中、自己手持資金としては約一、〇〇〇、〇〇〇円しか準備できなかつたため、その不足資金の調達について配慮した結果、たまたま当時は市場ブームで市場店舖の賃借希望者が多かつた実状に乗じ、右不足資金を銀行等からの借入に頼らず、それら賃借人に相当金員を出捐させる方法でまかなうことに決めた、その結果右金員は「協力金」という名目で市場店舖面積一坪当り一〇、〇〇〇円ないし一一、〇〇〇円位の割合いで差し入れさせることと定め、結局前記のとおり市場建物新築後まもなく各賃借人から敷金とは別個に総額一、五七七、一七五円を受領し、これをそのまま建築資金に充当した、右各賃借人との間の賃貸借についてはいずれも乙第二号証と同一形式の契約書を取り交わし、同契約書によれば、第二条として「乙(借主)より金壱万円を敷金として甲(貸主)に渡し、若し室料滞納の節は敷金より差引くものとす、敷金には利子は付けず。」と規定し、敷金の授受、性質について明示してあるが、前記協力金のことには全く触れておらず、他方賃貸期間は一年の短期とせられ、無断転貸、無断譲渡厳禁の条項が設けられている、さらに同協力金の現実の授受に際しても、単にその領収書を交付したのみで当事者間に同金員の返還条件はもちろん返還すること自体についてもなんらの話合いをしなかつた、したがつて賃借人側においては右協力金の返還をひそかに期待することはあつても、当然に返還して貰えるものとは考えていなかつた、

以上のとおり認定することができ、右認定に反する証拠部分は措信しない。

右認定事実によれば、本件協力金は「のれん代」、得意先関係等の営業的利益の対価でもなければ、賃借権に譲渡性を認める代償でもないまた前記建築年月日よりみて家賃統制の適用外であることと相俟ち、家賃の前払とも解し難く、むしろ市場ブーム時代の需給関係がもたらしたプレミヤム的価値として、借家権設定の対価たる権利金に相当するものと認めるべきであり、そうであれば、特別の慣習なき限り、本件協力金は賃貸借の終了によつて当然返還すべき性質の金員であるとはいい難い。従つて本件協力金を以て敷金同様返還義務ある「預り金」に過ぎないとする原告の主張は採用できない。

なお原告は、本件協力金が敷金同様「預り金」であることを裏付ける資料として、

(イ)本件協力金が「権利金」だとすれば、それを受領した原告においてそれ相当の義務を負担する筈であるのに、なんらそのような義務を負担した形跡がないと主張するのであるが、賃貸人が前記性格の権利金を受領したからといつて、賃貸借上特別の義務を負担するいわれはなく本件協力金の授受によつて原告が格別の義務を負担した事実がないからといつて、本件協力金が当然返還を要すべき債務だと断定すべきなんらの根拠もないのであつて、この点に関する原告の主張は採用の限りでない。(ロ)つぎに原告は、本件協力金を差し入れた各賃借人等については、別表記載(三)のとおりの賃料滞納分を生じ、その支払方を督促しても敷金および協力金と相殺申出的言辞を弄して履行せず、同滞納賃料を各賃借人の敷金および協力金と差引計算すれば、同協力金等は次第に減少している計算になる旨を主張するところ、証人辻野達男、同辻野二郎(第一回)の各証言および原告代表者辻野陽子の尋問の結果によれば、右主張に副つた供述がみられるが、一方証人古城捨三、同柴野ヨシエ、同老田源次郎、同藤村賢次郎の各証言によれば、原告の本件市場は昭和三一年一〇月頃竣工し、その頃前述のとおり賃借人上野恵三以下二二名が敷金のほかに協力金を差し入れて入居、大進市場として発足したのであるが、当初の期待に反して業績はいつこうに伸びないばかりか、かえつて衰微の途をたどり、売上も次第に減少して行く状態であつたため、賃借人も嫌気がさして店舖を閉めるものが続出し、昭和三三年三月末頃には開店中のもの僅か七、八軒を数えるのみに立ち至つたこと、また賃借人古城捨三のごときは、入居当時一日一〇〇円であつた賃料が、市場の衰微につれ、昭和三二年四月からは五〇円、同一二月からは二五円に減額される有様であつたこと等の事実が認められるのであつて、右事実よりみれば、前記原告主張の賃料不払等の事態は当初相当の業績を期待しながら入居した各賃借人が、その期待を裏切られついには閉店のやむなきにまで至つたことに由来するものであり、その主張の相殺申出的言辞も、賃借人側の希望的な申出に過ぎないものとも考えられるし、かつ「協力金」と敷金とが別個の名義の下に授受されていることよりすれば、前記原告主張のような事実があるからといつても、本件協力金が原告主張の趣旨の下に授受されたものと理解することはできないのであつて、これに反する前記証言、原告本人の供述は採用できない。(ハ)さらに原告は、本件協力金の具体的取扱い例のいくつかを掲げるので、それぞれ判断するに、(1)証人辻野達男、同辻野二郎(第一回)の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、本件市場当初の賃借人たる東竹松(室番第六号)および雪野元一(室番第二七号)の両名は、昭和三二年九月頃市場不振のため、それぞれ賃借店舖から退去したが同人ら(雪野はその後死亡によりその相続人を含め)は差し入れた協力金の返還を請求せず、原告もまたこれを返還していない事実が認められる(もつとも前記両証人の証言では、東、雪野両名が進んで協力金返還請求権を放棄した旨の供述部分もみられるが、右部分は容易に措信できない)。証人阪野年助の証言により成立の認められる甲第八号証ならびに証人辻野達男、同阪野年助、同柴野吾一の各証言および弁論の全趣旨によれば、(2)室番第一三号の店舖は坂野利助こと阪野藤一郎名義で敷金一〇、〇〇〇円、協力金六六、〇〇〇円で借り受け、事実上の営業は同人の息子坂野藤助こと阪野年助が主として行つていたところ、商売不振のため昭和三三年二月頃同店舖を明け渡し、原告は前記協力金等を年助に返還し、その跡を改めて同人の兄田中康信が前同様の協力金等で賃借した事実、(3)柴野吾一は室番第二二号の店舖を協力金八八、〇〇〇円で賃借していたが、都合で昭和三一年一一月一一日頃解約して店舖を明け渡し、原告は同人に前記協力金を返還した後、改めて松井義一に対し前同様協力金八八、〇〇〇円で賃貸した事実、(4)室番第一五号はもと新谷静が敷金一〇、〇〇〇円、協力金八八、〇〇〇円で賃借していたが、病気のため営業を中止していたところ、昭和三四年六月五日頃山本輝植が同一条件で代つて入居することとなり、同人が差し入れた協力金等を新谷に返還した事実、(5)室番第二五号はもと北川トクが敷金一〇、〇〇〇円、協力金六六、〇〇〇円で賃借していたところ、昭和三四年六月六日頃大谷が協力金六六、〇〇〇円で代つて入居することとなり、同人が差し入れた協力金を北川に返還した事実がそれぞれ認められる。以上の事実によつて考えるに、(1)の事実はむしろ本件協力金が返還を予定していなかつたことを推測させる事情といいうるし(原告はその後原告の第二期事業年度―昭和三二年一一月一日より翌三三年一〇月三一日まで―において、東、雪野両名の協力金返還債務が消滅したものとして雑収人の処理をしたというが、既に原告において抗争する本件更正処分が行われた昭和三三年二月二八日以降のことであり、原告の一方的見解にもとづく経理処理を通じて本件協力金の性格を決定づけることはできない)、また(2)ないし(5)の事実については、前賃借人に対する協力金等の返還は、いずれもつぎの賃借人が改めて差し入れた協力金等で補填されている関係にあり、(3)の柴野吾一の分を除いては前同様本件更正処分の行われた日以降のことに属し、はたして原告主張の「預り金」であることに由来する返還であるかどうかを疑わしめるものがあるから、右事実もまた本件協力金の性格を決定づけ、前認定を覆すに足る資料であるとは考え難い(むしろ、右返還は事後の合意に基く新な利益処分というべく、本件事業年度における所得金額の算定に何の影響もないものといわなければならない。)(ニ)なお原告は昭和三四年二月以降原告市場の空店舖部分を協力金の差入れなくして賃貸した旨主張するのであるが、これは既に市場開設当時より相当時日を経、前認定の如く市場不振の徴候が目立つて来て、賃借希望者も少くなつた状況の下における措置であり、右は協力金の前認定の性格を裏書こそすれ何らこれを否定する資料になるものではない。

つぎに、証人辻野二郎、同石田健一郎は原告が市場建築資金の不足分に充当する目的で本件協力金を徴収するに至つたのは毎日会館あるいは第一生命ビルの賃貸借契約例を参考にした旨証言し、またこれに符合する書証として甲第一一ないし一三号証(株式会社梅田ビルデイング、同毎日大阪会館、同第一生命ビルデイングの各賃貸借契約書のひな形)が提出されているのであるが、同各甲号証の記載をみると、賃貸借契約の締結に際しそれぞれ「協力金」、「入居保証金」、「貸付金」等の名目の金員を賃借人から賃貸人に差し入れるべき旨を定めてはいるが、同時にいずれもその返還のことならびに返還条件をも明確に規定しているのであつて、かりに原告が本件協力金の授受を右契約書における「協力金」等にヒントを得たものとみても、前記認定のとおり原告は本件協力金の返還条件を契約条項に明記せず、また同金員の授受に際しても契約当事者間にその返還のことおよび返還条件についてなんらの約定もしくは協議がなされなかつたことよりすれば、原告が本件協力金を前記甲各号証の契約書中の「協力金」等と同性質のものとして扱つたものとは到底解することができない。その他に本件協力金が返還について当事者間に黙示的な合意ないし諒解があつたもので敷金と同じく賃料滞納の場合の担保とする趣旨の下に授受された事実を認めるに足る証拠はないし、前記本件協力金を「権利金」と解する当裁判所の認定を左右すべき証拠も見当らない。

してみると、本件協力金を返還義務を負わない「権利金」と認めて所得計算上これを益金として計上すべきものとした被告等の見解は正当である。

四、結局、本件における争点である前記立退料および協力金に関する被告等の見解はいずれも正当であり、したがつて右見解にもとづいてなされた本件更正決定処分は適法であるところ、右更正決定処分を同様見解の下に是認してなした被告の審査決定もまた適法であり、これが違法を主張してその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 金田宇佐夫 阪井いく朗 浜田武律)

(別表省略)

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